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こころのしずく

こころのしずく

其の三十八~四十一(完結)





「るろうに剣心小説(連載3)設定」
必ず上記設定、特に注意事項にご了承頂けた方のみ本編をお読み下さるようお願い致します。

『いとけない君の願い事』目次


『いとけない君の願い事』


其の三十八「綺麗な涙」

 次の日。まだ早朝から、剣心は剣を、左之助は拳を振るっていた。組の入り口から部屋までにいた者どもは、既に泡を吹いて倒れている。剣心と左之助は、組員に囲まれながら、組長に睨みをきかせていた。弥彦は部屋の隅で薫にしっかりと抱かれて座り、震えを必死に抑えながら、その様子をじっと見つめている。そう、ここは、集英組本拠であった。
「話が違う!!」
 組長の多西は、汗をだらだら流しおののきながら、怒鳴り散らした。
「弥彦を渡せば組には手を出さないと言ったじゃねぇか!!」
 まわりを囲う組員たちも、木刀を無駄に振り上げながらも、恐怖の色を隠しきれない。
「悪いが、気が変わったでござる」
 剣心は、剣先を多西に向ける。
「お主等がいることで、大事な家族が苦しむからな……」
 弥彦の、固く固くしていた体の力がそのときふっと抜けたことが、抱いていた薫にはっきりと伝わってきた。そっと表情をうかがうと、弥彦の目は朝の光の中で、きらきら光っていた。久しく見なかった、輝きが、そこにはあった。泣いていたわけではない。けれど、まるで綺麗な涙を浮かべているように、薫には見えた。
「本来ならば、実力的には弥彦一人でも十分倒せるでござるし、少し前の拙者たちなら、何の疑いもなく弥彦にそうさせた。けれど、今は違うでござる」
 剣心が一歩踏み込み、多西が圧倒されるように一歩下がる。
「大人として、家族として、十の子を守るのは当然のことでござろう? 何故そんなことにすら気付けなかったのか、自分自身に腹が立つが……」
 剣心は剣を振り上げる。
「まっ、そういうことだ。つーことで、組は今日限りで終いだ。観念して覚悟を決めな」
 左之助がニタリと笑いながら、拳をもう片方の手にバシッと当てる。
 それからは、早かった。あっという間に、剣心は多西を倒し、左之助はまわりの雑魚どもを拳でのしていく。
「弥彦、大丈夫?」
 薫は弥彦を抱きしめたまま、様子をうかがう。ここへ連れてくるのは本当に心配だった。だが、悪夢の根元をこうして断ちきるところを直に見せた方が安心するのではと、昨晩皆で話し合い決めたことだった。
 薫が弥彦を見た、一瞬。連中の二人が、薫と弥彦それぞれの喉元に刀を突きつけた。
「そこまでだっ! 動くんじゃねぇ……」
 刀を突きつけた一人が、意地悪く言った。剣心と左之助は、ハッと振り向く。

「お前も、動くんじゃねぇ……」

 そう、低くささやいたのは、剣心でも左之助でもなく。

「あんだとコラァ!!」
 声の主、弥彦に、組員の一人が襲いかかる。

 弥彦はすっくと立ち上がり、背中から竹刀を抜く。
 あの日、縁側で吐いて気を失ったときからも、ずっと離さなかった竹刀。


其の三十九「太陽の光」

「弥彦!?」
 薫は驚いて、ただただ弥彦を見つめる。それは、剣心も左之助も同じで。

 弥彦は襲いかかってきた敵に一撃を食らわせ、続けざまに刀を突きつけてきた二人の組員を、あっという間に叩きのめした。三人の組員は、泡を吹き気絶した。
「なっなんだアイツ! なんであんなに強いんだ!?」
「どっ、どうなってやがる! とにかくもう逃げるしかねぇ!!」
 組員たちは、混乱して逃げ出していく。
「逃がさぬよ」
 剣心と左之助は、逃げる敵をも叩きのめしていった。普段なら、そこまですることはない。しかし今は違う。組員総崩れという事実にこそ意味があるのだ。
 その間、弥彦は立っていた。立って、薫の守りに徹していた。
「大丈夫か? 薫」
 隙を見て振り返り、弥彦は薫に声をかける。
「弥彦……あなた……、治っ……」
 薫はしばらく弥彦を呆然と見つめていたが、やがて我に返る。
「馬鹿! あなた身体弱ってるんだから無茶しないの!」
 再び抱こうとした薫だが、弥彦はすっと前へ出る。
「大丈夫だ薫。ホントはまだ少し、怖いけど……。だけど、剣心と左之助が、一緒に戦ってくれるから……。みんなが、守ってくれているから……」
 弥彦は薫に背を向けたまま。
「俺があいつらに怯えるようになったのは、俺自身に原因があるから。みんなのことを、信じなかったから。昨日俺、剣心にぶたれたよ。あの優しい剣心が、ぶってまで、俺に伝えたかったんだ」
「弥彦……」
「ぶたれたとき、思ったよ。ああ、なんて、優しいたたきかたなんだろうって。俺はこんな風だから、今までたくさんのヤツらに殴られてきたけど。あんな風に優しくたたかれたのは、生まれて初めてだった。なのに、今までで一番痛かった。心が一番、痛かった。なんでか俺は知ってる。それは、ここの連中とは、決定的に違うことがあったから。母上にぶたれたことは一度もなかったけど、もし母上が俺をぶつなら、こういう風なのかなって思うような叩き方だった。そして、血とか繋がってなくても、面倒を見ている子供を持った大人が、ちゃんとその子供のことを好きでいてくれるとき、あんな風に叩くことがあるんだ。だから俺、初めすごい驚いた。驚いて、そんで、たくさん涙が出たよ」
 決定的に違うこと。それは愛情をもって叩いてくれたこと。弥彦には、それを口で言われなくても、ちゃんと分かったのだ。何故分かったのだろう。薫は、素朴な疑問を抱く。あの弥彦が、愛情を信じることの出来なかった弥彦が、何故……。
「金平糖の、流れ星が降ってきたんだ」
 まるで薫の問いに答えるように。弥彦は、夢のようなあの光景を思い出す。
「雪が舞って。流れ星がきらきら光って。すごく綺麗だった。薫にも見せてやりたかった」
 けれど一番自分を泣きそうにさせたのは、剣心の懐からのぞいた、金平糖の袋だったのだと、小さな声で弥彦は付け足した。それで、薫の疑問は解けた。
「俺、ちゃんと、大切にしてもらってる」
 その事実を、大事そうに、伝える弥彦。
「ここにいた頃は、一つもそんなことなかった。だから道場へ来てから、みんなが親身になってくれたとき、もしかしたら俺は大事にされているのかなぁと、思いかけたけど……思いかけて、けど、きっと勘違いだと思った。それは錯覚だと、夢を見ていたいだけだと、本当は違うんだと、思った。どんなに剣心が笑ってくれても、左之助がかまってくれても、薫が怒ってくれても……それは違うんだって……」
 まわりの、乱闘のせいだろうか。弥彦の声は、消え入りそうで……。けれど薫は、真剣に弥彦の背中を見つめる。やっと伝えてくれた弥彦の、心の声を、一つも聞き逃さないように。
「初めは、本当にそう思ったんだ。だけど例えば、剣心が、さりげなく見守ってくれてることに気付いたときとか、左之助が、危ないとき助けてくれたときとか、薫が、心配して泣いてくれたときとか……やっぱり、もしかしてって、思ったんだ。だけど俺は、信じなかった。信じることが、出来なかった。だって、もし信じて、裏切られたら、きっと俺耐えられないと思ったから」
 薫はわずかに目を見ひらく。弥彦が、耐えられない、と、口にしたから。弥彦が病気になる前は、考えたこともなかった。当然のように、家族として道場へいるのかと、思っていた。けれど弥彦は、小さな体で必死に支えていたのだ。それがどんなに重くても、平気なふりをして。
「剣心と薫と出会ったときは、冬の終わりの寒い日だった。冬から春になっていって、だんだん太陽の光が、やわらかくて温かくなっていって。俺の心も、おんなじようになっていった。太陽はどんどん、きらきら光るようになっていって。綺麗で、ぽかぽかして、気持ちよくって。ホッとして……。そんな世界を知ってしまった俺にはもう、ここの世界は、氷が突き刺さるみたいに痛いんだ。薫、俺、ホントはずっと不安だった。いつ捨てられるのか、怖かった。拒絶されるのが、怖かったんだ。だって俺はみんなのこと、たくさん好きになってしまったから……」
 淡々と、語る弥彦。どんな顔で、それを言っているのだろう。幼い背中は、小さくて、頼りなく、けれど強くもあり……何より、愛おしく見えた。
「ここにいた頃は、一つもそんなことなかった。誰かに大切にしてもらったことなんか、なかった。けど今は、みんなが俺を大切にしてくれる。それはうぬぼれでもなくて、思い込みでもなくて……夢みたいだけど、本当に大事にしてもらってる。なのに俺は、信じることが出来なかった。ホントは分かってたのに、信じることが出来なかったんだ……」
 だけど、と、弥彦の声はほんの少しだけ震える。
「病気になって、たくさん分かったことがあるんだ……。左之助は、怖くて眠れなかった夜、俺がどんなに泣いても、辛抱強く、眠れるまでずっと抱きしめてくれてた……。薫は、俺が無意識だけれど手首を切ったとき、いっぱいいっぱい泣いてくれた……。恵は、忙しいのに毎日往診に来てくれて、わざわざ独逸に手紙を出してまで、病について勉強してくれた……。由太郎は腕がまだ治ってなくて、俺なんかよりずっと辛いはずなのに、俺を心配して泣きながら手紙を書いてくれた……。剣心は、雪の降る夜、金平糖の流れ星を見せてくれた。あの日剣心は、朝から出かけて、午後になっても戻らなかった。俺がなにげなく食べたいと言った蜜柑味の金平糖を、何百軒もある菓子屋を、きっと一軒一軒探し歩いて、見つけてくれたんだ。雪が降る寒い中、一日中、きっと何を食べても吐いてしまう俺が、少しでも吐かないで食べられるようにって……。俺、いっぱいいっぱい大切にされてた……」
 ずっ……と、弥彦は袖で顔を拭う。少しだけ、泣いたようだった。
「だから、俺は強くなれる気がする……」
 弥彦は、薫、と、少しだけ振り返った。
「本当の強さって、強がってるだけの危なっかしいものじゃないんだって、思う。子供で弱い自分をちゃんと認めて、大切に思ってくれてるみんなの気持ちをちゃんと受け入れて、そうして初めて、本当に強くなれるのだと思う」 
 そうして弥彦は、乱闘の中へ飛び込んでいった。
「……そっか」
 薫は、ホッとしたように、笑った。
「……って、ちょっと待ってよ弥彦! やっぱりあんたはまだ身体が――」
 あわてて止めようとする薫の肩を、いつの間にか近くにきていた左之助がぽんと叩く。
「戦わせてやんな、嬢ちゃん。なんだかんだ言って、この戦いは弥彦の戦いだ。自分で戦って、勝って、怯える自分に蹴りをつけてぇんだ。だから震えて吐きながら、木刀を持とうとすることだけはやめなかったろ?」
 まぁ理由はそれだけじゃあないけれど、と、左之助は付け足した。
「これは弥彦の戦いだ。けど、俺たちがしっかり守ってやるさ。アイツはまだガキだかんな」
 ニッと笑い。左之助もまた戦闘に戻っていく。
 薫は、見守った。弥彦に何かあったら、すぐに助けられるように。けれど、その必要はなかった。弥彦の目に怯えはなく、すっかり前と同じように、いや、前よりどこか余裕を見せて、戦っていた。組員を次々と倒していく弥彦。その脇を、剣心と左之助が、しっかりと固めていた。


其の四十「一つの終わり」

 あっという間に組員を倒し、残るは、人斬り我介だけとなった。事実上、組員一の腕を持ち、弥彦を一番残忍に折檻したのもこの男だ。
「剣心、左之助……、こいつは俺がやる……」
 弥彦は、一歩前へ出た。竹刀を持つ手が、微かに震えている。
 剣心と左之助は、目を合わせ、心で何か会話をしたようだった。それぞれ弥彦の両横に立ち、それぞれの手を弥彦の肩に乗せた。
「弥彦。どうしても怖くなったり、辛くなったりしたら、拙者に代わるでござるよ」
「危なくなったら、すぐに助けてやる。守ってやるよ。だから、安心して闘ってこい」
 弥彦は、我介を睨んだままコクンとうなずくと、前へ出ていった。震えは止まっていた。
「いい気になってんじゃねぇぜ弥彦よぉ! ちぃっとばかしお遊び竹刀剣術習ってきたからってよお!」
 我介はいかつい木刀を、弥彦に振りかざす。
「覚えてるか弥彦。この木刀は、お前の血をたっぷり吸ったっけなぁ! あぁ、楽しかったなぁ! 小生意気で憎たらしいお前をいたぶるのはよぉ! 息も絶え絶えにうめいてるてめぇをぶちのめすのはよぉ!」
 我介はニタニタ笑いながら、弥彦に一歩近づく。弥彦は動かない。
「あんだぁ? 怖くて身じろぎも出来ねぇってか。さぁ恐怖しろ! 今日はたっぷりやってやるからよぉ。さんざんいたぶって……最後には殺してやるよ」
 我介の目が異様に光った。
「……最後に俺をいたぶったときも、言ったよな。ブッ殺してやるってさ……」
 弥彦は竹刀を構えず、静かに我介に語り出す。
「良く覚えてんじゃねぇかクソガキが……!」
 我介の額に冷や汗がにじみ出る。そのとき剣心にやられたことを、思い出したようだ。そうして今、弥彦に戦いの場を預けてはいても、いつ割り込んでくるかも分からないその人斬りと喧嘩屋斬左。極度の焦りと混乱からだろうか、弥彦に対するかつての残虐心が、身体からわき出ているようだ。
「俺さ、昨日、死にそうになってさ」
「ああ!?」
 突然訳の分からない話題をふられ、我介は目を血走らせる。
「なんでかってぇと、橋から落ちそうになっちまってな。んで、今俺の世話してくれてるヤツが、助けようとしてくれたんだけどさ。俺、いらないと言われるのが怖くて、自分から言っちまったんだ。俺なんかいらないくせにって。ひどい言葉もたくさん吐いたぜ? 五月蠅い、とか、馬鹿、とか、偽善…とか……」
「何の話だ? ああ!?」
「それでも剣心は、俺を殺さなかったよ。ちゃんと助けてくれた。お前等だったら当然ブチ切れて、石でもぶつけて俺を落としただろうけど。だけど剣心は、ちゃんと助けてくれたよ」
「訳わかんねぇことほざいてんじゃねぇ――!!」
 我介が木刀を振り下ろす。
「弥彦!!」
 薫は思わず叫ぶ。この数ヶ月、弥彦がどんなに木刀を怖がっていたか、痛いほど知っていたから。けれど薫の心配をよそに、弥彦はそれを竹刀で軽く受けとめる。
「なっ、何っ!?」
「橋から上げてもらってから、ぶたれたけどな」
 我介は狂ったように剣を振り回す。弥彦はすべて受け流す。
「俺は今でも憎たらしくて生意気なガキだけど、けど剣心が叩いた理由は、そんなんじゃなかったよ」
 弥彦は、初めて一歩踏み込む。
「憎けりゃあ殴られる。いらなくなりゃあ捨てるように殺される。それが常識。俺は七つのときから教育係のあんたに、殴られて蹴られて半殺しにされて、身をもってそれを教わったっけ。だから今度は、俺が教えてやるよ」
 弥彦は飛び上がり、竹刀を振り下ろす。
「まずお前の強さは……」
 弥彦の一本は鮮やかに決まり、我介は倒れる。
「井の中の蛙だってことと……」
 弥彦は竹刀を背中に戻す。
「お前等の常識もまた、ここみてぇなところでしか通用しねぇってこと」
 弥彦は、一つ息を吐く。
「お前が教えてくれた常識、確かに間違ってはなかったよ。世間はそんなに甘くねぇ。スリをしながら、ここで生き延びていくためには、必要な常識だったよ。けど、”家族”には、そんな常識はないんだ。憎いなんて思わない、いらないなんて思わない、大好きだって抱きしめる……それが常識……なんだって……」
 もう動かない我介に、弥彦は繰り返す。
「なあっ……、聞いてるかっ? 俺教えてもらったんだっ! それが常識……なんだってっ……」
 目に涙をためて、声の限りに叫ぶ弥彦。
「常識……なんだって……いって……、当たり前に……みんな……そうしてくれたよ……」
 涙を拭い。それでも涙はあとからあふれ、ぼろぼろ落ちる。
「お前にも……いつか知ってほしいんだっ……、あったかい……きっ、気持ち……」
 何故こんなにも、涙が出るのだろう。ただ、伝えたかった。目の前にいるのは、幼少時代を痛みと恐怖と絶望で、真っ黒にした男。それでも三年間生きてこられたのは、この男がいたからだ。子供は、一人では、生きることが出来ないから。ありがとうと言う価値など一つもないこの男の元で、生きることが出来たのは事実だから。だから、いつか分かって欲しかった。

 弥彦もまた、ふらりと倒れた。弱った体であれだけ動けば、当然だ。三人は、弥彦の元へ駆け寄る。
「大丈夫でござるか? 弥彦」
 剣心は、弥彦に手を差し伸べる。あの日と同じように。

―― 剣心、俺、あの日あの手を取らなかったことを……
    本当は、すごくすごく、後悔してたよ ――

 弥彦は、剣心を見つめ、うなずいて。
 小さな手で、差し伸べられた手をつかんだ。

 ここから、また新しく始まる。
 これからは―― 今度こそは――

 薬箱を持った恵が、あわててやってくる。
「ごめんなさい! 急患が入ってしまって……」

 剣心。薫。左之助。恵。
 大切な人たちの、あたたかい気持ちを大切に、生きていこう。


「ありがとう」
 朝日の中で、弥彦は、笑った。

 窓の外は、青い空。雪が、太陽の光で、きらきら輝き――



 そうして弥彦は、見る見るうちに元気になっていった。今までの分を取り戻すかのように、飯を良く食べ、良く笑い、良く眠った。新市が見舞いで持ってきた籠いっぱいの果物を、全部平らげてしまったほどだ。数週間後には稽古も再開し、まるで今までのことは夢だったように思えたくらいだった。


其の四十一「未来のかたち」(最終話)

 父の用事で一時帰国した由太郎が、日本に着くなり道場へ駆けつけた。由太郎は弥彦ではなく、土間で料理をしていた薫のところへ飛んでいき、手紙を突きつけた。
「薫さんっ! 見てよこの手紙! 信じらんねーよ!!」
 それは、弥彦が集英組跡地から帰った後すぐ、由太郎へ当てた手紙だった。馬鹿はお前の方だ。西洋かぶれしてんじゃねぇ。泣いたって聞いたぞ泣き虫野郎。
 確かにひどい内容だ。けれど最後にこう書いてある。早く帰ってこい。
「弥彦のために泣いてくれたんだってね。ありがとうね由太君」
 優しく言われ、頬を染める由太郎。そしてハッとする。
「もっ、文句の一つも言ってやらなきゃ。弥彦は?」
「庭で剣心に稽古つけてもらってるわよ」
 由太郎が飛んでいくと、良く晴れた冬空の下で、弥彦は剣心に稽古をつけてもらっていた。剣心の竹刀が弥彦の肩をピシリと打つ。続いて飛んできた突きに、弥彦の身体は地面に倒れる。
「もっと間合いをしっかり意識しろ!」
「はぁっ……、おっ、おうっ!」
 なかなかに厳しそうな稽古である。が……。
「少し休むか、弥彦」
 やはり、いつもの優しい剣心は健在だ。
「まだまだいけるって」
 弥彦は体を起こし、座ったまま不満げにぼやく。
「おいコラ! ちゃんと言うこと聞け。病み上がりのくせに」
 縁側に寝ころぶ男が一人。うわっ、トリ頭もいたのかと、由太郎は思った。
「分かったよ。けど休んだら、また続きつけてくれよな」
「ああ」
 剣心はにっこり笑う。弥彦の頭をぽんと叩き、手を取り体を起こしてやると、茶の間へ連れていこうとする。素直に、そして心なしかうれしそうな表情で従う弥彦。軽口を叩きつつも、優しい眼差しで弥彦を見守る左之助。なんなんだあれは。前はあんなだったっけ。由太郎は軽く混乱する。
 ハッと我に返った由太郎は、弥彦に駆け寄った。
「げっ、由太郎!」
「げっ、じゃねぇよ! ちょっと来いっ!」
 由太郎は、剣心や左之助への挨拶もそこそこに、弥彦を道場の外へ引っ張っていった。
「何お前! 何ホントに帰ってきてんだよ! 俺はそーいう意味じゃなくて、ちゃんと腕を治して帰ってこいって言ったんだ!」
 弥彦は怒っている。怒っているが、良く知っている元気な弥彦だ。
「馬鹿。親父の用事で一時帰国しただけだよ」
「へ……?」
 弥彦は勘違いに、顔を赤くする。
「まぁ……別に俺は帰国しなくても良かったんだけど……付いてきた……」
 白状した由太郎も、少し頬を赤らめる。が、由太郎は弥彦に向き直り、その両肩に手を置く。
「お前、治ったのか? ちゃんと、元気になったのか!?」
 真剣に見つめる由太郎に、弥彦は答えた。

「ああ。ちゃんと、未来が見えるよ」


 それはとてもあたたかな未来なのだと、弥彦は笑った。
 
 

☆あとがき☆
 リクエスト内容「弥彦(メイン) 剣心、薫、左之助(剣心組)・仲間もの・シリアス・弥彦は何らかの原因により、集英組で過ごした記憶がフラッシュバックして怯えるようになる。幼児期の体験からPTSDになった弥彦を剣心組の皆が支え、乗り越えていく(概略)」で頂きました。
 これは闘病小説になります。作中の弥彦の病気は、今で言うPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。PTSDとは、すごく簡単に言いますと、心に強い傷を負ったことが元になり後に様々な精神的・身体的症状を起こす病気です。代表的な症状であるフラッシュバックとは、過去の衝撃的・苦痛な場面に意識が引き戻されて再体験するものです(素人の説明ですので、関心のある方はきちんと調べてくださるようお願いします) 弥彦の場合は、集英組での虐待によるものが病気の原因となっています。作中弥彦の症状は、全てPTSDの症状に基づいています。
 実際にPTSDで苦しんでいる方がたくさんいらっしゃるので、とても真面目に書かせて頂きました。具体的には、例えば嘔吐・自傷行為等の症状表現や、虐待の残酷さを、曖昧にせずきちんと伝えるよう務めました。病を持つ方やサポートにあたる家族等の方々は、まわりの理解が得られず、苦しんでいらっしゃる方が多いからです。
 また、「こころのしずく」三周年御礼リクエスト小説に応募してくださった他の方へ、この小説だけ長編になってしまいましたことを、お詫び申し上げます。理由は、上記の通り社会的問題が絡むことで真面目に取り組んだ結果でもあるのですが、ここまで差が出てしまったのは執筆の未熟故もあります。あわせて、リクエスト者ゆうり様へ、お待たせした上に連載形式となってしまった事をお詫び致します。以後、精進します。
 以下、作中キャラとストーリーについてです。
 まず主役の弥彦です。作中の弥彦は、原作の弥彦に忠実ではありませんし、当サイトの他小説や妄想の弥彦とも基本的に関係ありません。ただ、子供の心を持つこの小説の弥彦は、とても好きです。
 剣心組について。設定上の都合とはいえ、反省する役回りを演じてもらったこと、申し訳ないなとも思いました。原作でも作中でも本当は、ちゃんと弥彦を大切にしてあげていますしね。作中では、弥彦を可愛がってあげているみんなをたっぷり書けて、非常に満足です。弥彦をしっかり家族として子供として接する剣心たちは、とてもあたたかいなって思います。
 ストーリーは、リクエスト内容通り「剣心組に支えられてPTSDを乗り越える弥彦」を主軸とし、家族の絆や弥彦の心の成長をからめて書きました。
 弥彦と剣心たちの家族愛や、弥彦が悩み苦しみ成長する姿を書けて、すごく幸せでしたv 強く思える弥彦にも弱い部分があり、それを剣心組の皆で支えるというリクエスト、本当に素敵な内容だと思いました! 弥彦の家族を求める思いや、PTSDとの闘い、そして支える剣心たちの愛情に、少しでもあたたかなものを感じていただけたなら、幸いです。
「こころのしずく」三周年ありがとうございました。
この物語を、ゆうり様へ捧げます。

☆リクエスト時に頂いたコメントのお返事☆
ゆうり様へ。
 小説大変お待たせ致しました。
 るろ剣&弥彦好き様ですか! お仲間ですねo(*^▽^*)o~♪  すごくうれしいです(*≧▽≦*) 『きみの未来』も楽しみにしてくださっているなんて感激です! はい! 楽しくがんばります(*^_^*)
 この度は本当にありがとうございました!












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